謎の人達
最初のアメリカ人に関する新たな発見  (続き)

「今日のアボリジニーやアフリカ人との類似点」

Olmec Head 私は 『神々の指紋』で、ラベンタにあるオルメカ巨石人頭像のうちの一つについてこう記した:

 「この頭像は年老いた人物がモデルで、広がった鼻と厚い唇を持っている。唇はわずかに開いており、四角くて頑丈そうな歯がのぞいている。表情には太古の辛抱強い知恵を漂わせており、目は恐れずに永遠を見つめてるように思えた・・・彫刻師が、ある人種のすべての特徴を組み合わせて「創作」することは不可能に違いない。したがってある人種の特徴を正確に描いたこの彫刻は、実際の人物をモデルにした可能性が非常に強い。

 この巨大な頭像の周りを何回か歩いてみた。周囲は六・七メートルあり、重さは一九・二トン、高さは二・四メートル近くある。一つの硬い玄武岩を削って作られてあり、明らかにある一つの人種の特徴が組み合わさっている。・・・他の石頭像と同じように、間違いなく、議論の余地なく、ニグロイド系の人物をあらわしているのだ。」

1998年に出した『天の鏡』で、私は再びこの謎に言及した :

' 「主流派の歴史家たちは、コロンブスがやってくる前の新世界にアフリカ人がいたことを認めない。そこで16体も見つかっている3000年前のオルメク頭像が明らかにアフリカ的特徴を持つことの意味を避けて通る。だが、少なくとも考古学が人種差別をしていないと言うことはできる。コロンブスが来る前には、白人も新世界にいなかったことになっているのだ。そこで学者たちは、ケツァルコアトル神話の長身であごひげを生やした白人についても「へ理屈」を言うだけで、メキシコ最古の遺跡から発掘された多くの浮き彫りにある白人の顔に、この神話が反映されているのではないかという見方も無視してきた。オルメク地域からは、白人とアフリカ人が一緒に描かれた浮き彫りがいくつか見つかっているし、中には隣りあわせで描かれているものもある。白人の像は南西のはるか遠く、紀元前1000年から前600年の遺跡モンテアルバンでも発掘されている。」

 
 「1996年と97年に9000年以上前の白人の骨が発見されたことでケツァルコアトル神話の信憑性は突如として高まった。そこでいまやあのオルメク頭像のモデルとなった人間の骨をいつ考古学者が掘りあてるだろうか、といった質問も的はずれではなくなった。」
 

 その「考古学者の幸運なひと掘り」がやって来るまでに、それほど時間はかからなかった。1999年8月22日、ロンドン・サンデータイムズは(そして数日後にはBBC2のテレビ・ドキュメンタリーが)、五十を越えるネグロイド系人種の頭蓋骨や人骨が、ブラジルとコロンビアで発見されたことを伝えた。彼らが南米で暮らしていたのは、およそ一万二千年前であり、これはこの地域へ最初にモンゴロイド人種が侵入してくる約三千年前のことである。 [リンク2](英文)

 特によく保存されていた一例が、科学者たちが「ルジア」の愛称で呼ぶ若い少女の遺骸で、それは「アメリカ大陸の陸塊で発見された中で、現在のところ最も古い人骨」と評されている。これを調査したサンパウロ大学の生物人類学教授、ウォルター・ネベスはこう述べている:
 

 「調査結果を眺め始めた時、それは驚くべきものだった。測定した数値は、統計からしてこれらの人々がモンゴロイドであることを示さないと判明したからだ。それらはモンゴロイド以外の何かを示していた...それは今日のアボリジニーあるいはアフリカ人に類似していて、東アジアのモンゴロイドや今日のインディアンとの類似性を全く示さない。

 サンデータイムズは、さらに、ルジアの顔の復元を行なったマンチェスター大学の法医学技能者、チャード・ニーヴの言葉も引用する。「それは」彼はコメントする「ネグロイドの顔である。顔の寸法は、それがモンゴロイドであるとは決して物語らない」  

 私が知る限りで今までのところ、このブラジルとコロンビアでの発見が、オルメカの巨石人頭像のネグロイドの特徴を説明するかもしれないと指摘する学者は一人もいない。オルメカの彫像が見つかったのは三千年から四千年前の地層であり、それに対して、今回ブラジルとアメリカ合衆国で発見された人骨は、これよりはるかに古い年代のものであるというのは事実である。しかし、これは両者がつながりを持つ可能性を廃除しない。少なくとも、(a)はるかなる有史以前の時代のアメリカ大陸から、ネグロイドのような人物を描く画期的な数個の彫像が伝わっていることと、(b)かつて歴史家たちが予想も確認もしたことのない、あるネグロイド人種が、およそ一万二千年前のアメリカ大陸に存在したと科学的に証明されたことは、確実に興味をそそる偶然の一致ではある。恐らく、「オルメカの」巨石人頭像は「オルメカ文明」によって造られたものでは全くなく、より旧い時代から伝えられ、ほとんど家宝として彼らによって受け継がれてきたものなのだ。

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