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とっぴもない仮説と驚くべき可能性: 塹壕からの眺め
挑戦
このシュピーゲル誌の記事の全般的な調子、愚弄と侮蔑と島の人たちへの嘲笑が、与那国の構造物に関して報道する欧米高級誌のレポートにかなり典型的な調子である。さらに典型的なのが、高度な資格を持つ二人の日本の学者、石井輝昭と木村政昭教授(二人とも与那国のモニュメントは人の手によるものであると考えている)が出した結論に対する、瞬間的(かつ侮辱的な)拒絶であり、等しくドイツの「専門家」ヴィヒマンの見解に対して示す瞬間的(かつ軽信的な)受容である。彼の形容は、与那国に三度潜っただけの地質学者であるということだけであるにも関わらず。木村教授もまた地質学者であり、彼と琉球大学の研究生チームは200回を越えるダイビングを含む5年の調査の後に、このモニュメントは人工物であるとする彼らの見解に到達したという事実は、まったく言及されない。
この記事には、他にも重大な脱落部分や誤りが多数ある。
例えば、この記事は、ボストン大学のロバート・ショック教授は「スフィンクスはアトランティス人によって建造されたと信じている」と伝えている。これは完全にでたらめである!ショックがいくつかのよく記録化された席上ではっきりと述べているように、
彼はそのようなことは信じていない。(例えば、リンク1[英文]参照のこと;・ショックの与那国に関する見解に関しては
リンク2[英文]参照)
シュピーゲル誌が基づく知識が概して低レベルにあることを示すまた別の指標に、1万年前の日本の海岸を歩き回っていたのは「原始的な狩猟採集生活者」だけであるという、とんでもない誤りがある。その時代、日本は驚くべき縄文文明の本場であり、世界で他に知られるどの文明より少なくとも三千年前に美しい陶器を製造し、非常に早い時期から米の栽培に精通していたことは、現在ではよく立証されている。現在も増加中の証拠が縄文文明の複雑さと驚くべき洗練の度合いを示し、山内丸山その他の遺跡に見られる高度な建築技術を示す証拠と結び付いて、この神秘の有史以前の人々は、与那国のモニュメント製作者として非常に妥当な候補であるように思わせる。
したがって、シュピーゲル誌の記事で披露された判断は、概して偏狭で、無知で、時期尚早であるように私には思える。現場で多くの時間を過ごし、このユニークな海底遺跡へダイビングを繰り返すという、いくらかの危険を冒して初めて、人は与那国が提示すべきものに関して知的見解を明確に打ち出す立場に立てるものと、私は思う。
ヴォルフ・ヴィヒマンが行った三度のダイビングでは、とても彼にその資格を与えそうにもない。
1997年3月以来、私は個人的に与那国のモニュメントへ100回を越えるダイビングを行なっている(シュピーゲル誌が不誠実に主張しているように、ただ「一度の潜水艇での探索」ではない。実際には、私は与那国で潜水艇を一度も使用していない!)。すさまじい海流の中で、確かにこのモニュメントの基底部に存在する「明らかにそれと分かる通路」であるものの検査をはじめとする、実地のダイバーとして私が得た経験から、これらの構造物がすべて相互に関連し、従って、これはある種のマスタープランに基づく結果に違いないと私は確信した。この理由から、現在主流になっている見解に反して、私が与那国をよく知れば知るほど、この海底モニュメントが自然のものであると主張する様々な仮説を認めることは、ますます難しくなる。
したがって、私は地質学者ヴォルフ・ヴィヒマンに対して挑戦を挑みたい。さらに言えば、スキューバ・ダイビングができてふさわしい資格のある、どんな地質学者でもよいし、あるいは、むしろ地質学者と考古学者を含むチームの方がいい(彼らが既に与那国の構造物が自然のものであるという見解を出しているなら。ただし、どちらも有能なスキューバダイバーでなければならないが)。例えば、互いに時間をつくって、約1週間の間与那国で一緒に20回のダイビングを行うことに合意しよう。私は彼らに、私がこれを知るようになったままにこの構造物を見せ、かつ、なぜ私がこのモニュメントは人の手にかかるものであるに相違ないと思うのか、あらゆる理由を提示しよう。これには専門家としてのアカデミックな見解を含める(それを実物で示すべく、ふさわしい学者に依頼しよう)。彼らは彼らで、私を逆の方向に説得しようと最善を尽くすだろう。その週の終わりに、どらの陣営が心変わりをしたか確かめよう。 |
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与那国:モニュメントの
基底部に存在する、
明らかにそれと分かる
通路。 |
話は変わるが、与那国の謎に対して示される学会の圧倒的な反応が、シュピーゲル誌の小さな記事の路線に沿う浅薄な議論にすぎず、その正体を暴こうと懸命なことに、私はずっと当惑している。説明が難しい奇妙な現象(この日本の海中「モニュメント」は確実にこれにあたる)に対する、常識をわきまえたほんのちょっとの好奇心の、いったい何が悪いというのか。たとえそれらが最終的に何であることが判明しようとも。そのような例外的事象すべてには敵意と懐疑的精神でアプローチするのが正しく、「合理的」で「科学的」でさえあるとは、私たちはどこからそのような考え方を拾ってきたのか。与那国のような問題に対する私たちの最初の姿勢は、なぜ学者ぶった卑劣なあら探しではなく、偏見のない知的寛容であってはならないのか。
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