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グラハム・ハンコックから放送基準委員会への苦情申し立ての手紙原告姓:ハンコック 名:グラハム番組番組名:ホライズン:アトランティス再生放送日時:1999年11月4日木曜日、午後9時40分 チャンネル/放送局:BBC2 申し立ての種別:申し立てはa) 不正または不当な扱いに関するものか:はい b) プライバシーの不当な侵害か:いいえ 不正または不当な扱い番組に出演したか?:はい他の方法で貢献したか?:はい 番組出演および番組への関わり方の詳細を述べてください。
私が番組の主要な調査対象として出演しました:「ホライズンは、主流派考古学に挑むベストセラー作家のグラハムの物議をかもした理論を検証するものである」。 番組制作者は丸2日をかけてデヴォンの私の自宅でカメラインタビューを行い、そのインタビューの部分部分は、繰り返し、画面いっぱいの私の映像とともに番組の中で、私の研究に対する学者の反応を織り交ぜながら使われました。もう一つの私と番組との関わりは事実上無報酬の番組コンサルタントとしてでした。というのも制作者たちが幾つかの点あるいは私の研究の様々な側面を明らかにするために、情報やアドバイスを求めて何度も電話してきたからです。
不当な扱いに関する申し立ての要約 あなたの申し立ての主な点を番号つきの見出しにして'すべて'要約し、番組によってどのように不公平、あるいは不当に扱われたかを説明し、この項目を簡潔にまとめてください。この項目に含まれていない不当申し立ては委員会で考慮されないこともあります。指示どおりに項目がまとめられていない場合、申し立てが差し戻されることがあります。 ロバート・ボーヴァルによる、オリオン座三つ星の配置とギザ3大ピラミッドの配置とを結びつけた"オリオン相関理論"における私の立場の扱い方における不当性 番組による不当な扱いの最初の例は、'オリオン相関'への偏向的で誤った印象を与えた紹介の仕方です。オリオン相関とは、オリオン座三つ星の配置を真似て地上のギザ3大ピラミッドが配置されているとするロバート・ボーヴァルの発見です。ここで委員会の方々にぜひ注目していただきたいのが、ボーヴァル氏自身もまた、彼の研究と考えを番組で不正確に伝えられことを概述した不当扱いの申し立てを別途提出しているという事実です。したがって、ボーヴァル氏の申し立てこそが、オリオン相関理論に対する番組による不当な扱いについての主要情報源と見なされるべきです。よって私は、不要に申し立ての詳細をここで繰り返すつもりはありません。しかしながら、そちらの申し立てにおける委員会の認定は私の申し立てに大いに関連のあることではあります。 番組のオリオン相関に対する扱いがボーヴァル氏と同じくらい私にも不当であると考える理由は、私の著作『神々の指紋』、『創世の守護神』(ロバート・ボーヴァルとの共著)、『天の鏡』で、私がボーヴァルの発見の重要性にかなりの重きをおいているということです。番組の明白な目的は、その発見の重要性を傷つけることでした。なぜなら"ハンコックの失われた文明の理論の展開においてそれが重要な役割を持っているから"です。そのような仮面はぎ行為はホライズンにとっては、それ自体は不当なものではありません。ただしその仮面はぎ行為が正当化され公平である限りにおいてです。正当でなかったのは用いられた手段です。それは私に対して正当なものとはいえず、私が著作で主張した事柄をねじまげていました。 オリオン相関の問題における番組の重要な'告発の証人'は、ロサンゼルスの天文学者エド・クルップであり、彼には自説を展開する時間が十分に与えられました。天空の星に対しピラミッドが'逆さま'だと主張している人です。ロバート・ボーヴァルも私も、別々に行われたホライズンとのインタビューでこのことについて(特にボーヴァルの場合はきわめて詳細に)クルップに反論しました。しかし、ホライズンは番組を放送するときにそうした反論の内容を一切含めないことを決定したのです。したがって、視聴者はクルップの見解――これはもちろん一流の天文学者としての彼の立場によって権威づけられています――だけを聞き、私達の反論を聞く権利を与えられませんでした。さらにひどいことに、視聴者は私達には反論すべき事柄があるということさえ知らされなかったのです! 番組全体があのようにゆがめられたことで、私達に対して大変強力な、しかし全く間違ったイメージが生まれました。すなわちクルップの'逆さま'理論を私達が受け入れている、または少なくとも私たちには反駁の意志がないというイメージが植え付けられたのです。これでは、そう、「ピラミッドは星との関係において'逆さま'かもしれないが、そうした指摘は単なる'あら捜し'であり、オリオン相関理論に対する決定的な反論ではない」と私達が言っていることになってしまいます。私のインタビューが断片的に使われ、その中で、「何か壮大な事柄を古代エジプト人がここに象徴的に示したという議論を述べることはできたが、この象徴である壮大な事柄が'逆さま'であるという憂慮すべき事実を私が無視した」という印象が生み出されたのです。その象徴が逆さまだとの主張を私が受け入れていないことを強調すること、あるいは視聴者に対してそれが実際には逆さまではないことを示すことは、いっさい許されなかったのです。 もし番組が私にクルップの見解に対して公正な反論をさせてくれるつもりがあったならば、'あら捜し'だと私が非難している部分だけをインタビューから取り出して放送することはなかったでしょう。(ピラミッドの配置が星との関係において逆さまだということを'事実'として番組が放送した直後だったので、'あら捜し'という言い方は当然ながら滑稽に響きます)。ボーヴァルと私の二人がした詳しい説明は、南を向いている場合(これが地球の北半球からオリオンを見る唯一の方法です)、空のオリオン座三つ星の視的な配置は地上のピラミッドの配置と同じであって、繰り返します、同じであって逆さまでは「ない」ということです。これは今日でも観測によって証明できる事実です。さらにコンピュータシミュレーションは、南の地平線により近いところでオリオンが昇って沈んでいた何千年も前には、この相関がもっと明白であったであろうことを示しています。 番組制作者は平等性を保つためにクルップの立場の適切な検証を実施すべきでした。それによって明らかになるのが、この天文学者が相関を理解するためにやろうとしているのは、天球とオリオン座に対して外側および南側から地球とピラミッドを見下ろすことです。そこに人間が位置するのは有り得ないことなのです。なぜならオリオン座三つ星は何百万光年も地球から離れているのです! 繰り返しますが、人間はその角度から見ることはできないのですが、仮に見たとすれば、ピラミッドの配置は'実際、星とは逆さま'になります。しかし、地上のギザにいる人間の見る角度からすれば、オリオン座三つ星だとわかる像を地上に作り出すには、まさにギザのピラミッドにおいてなされた方法しかないのです。もちろん、クルップにも自分の意見を表明する権利はあります。しかしそれに対し番組が、あたかもボーヴァルと私がその意見に対して首尾一貫した反論を出せないというような取り上げ方をしたのは全くもって不当でした。(私はカメラの回っていない時に、ある会議でオリオン座三つ星の写真をスクリーンに映し、才能豊かな画家でもあるクルップ夫人にステージに来てそれを描くようにお願いしたという事実も番組制作チームに伝えたのですよ。夫人はオリオン座を、ピラミッドの地上の配置と全く同じように描きました。もちろん彼女にはそれ以外の描き方はできなかったのです。) 実際のところ、ホライズンはオリオン相関理論の創案者であるロバート・ボーヴァルにインタビューしました。これは番組制作者が、番組にある程度の正当性やバランスを取り入れる素晴らしい機会でした。しかし残念なことに、前述のとおり、クルップの逆さま理論に対するボーヴァルの詳細な回答は放映されなかったのです! ピラミッドと星のそれぞれの角度に関しては、もう一人の天文学者、アンソニー・フェアオールの意見に対する彼の詳細な反論も同じように扱われました。実はフェアオールの場合、私の意見が全く文脈を無視して放送されてしまい、ボーヴァル自身のより詳細な反論は故意に省かれてしまいました。私の意見が理論的でなく、ばかげているという印象を作り出そうとした番組制作者によって策略的に使われたのです。ここにあるのは原稿のそれに関連した部分です。 ナレーター:1999年6月、天文学者のアンソニー・フェアオールはピラミッドと三つ星を関連付けると思われる45度の精密角度を再度、検証しました。フェアオールは、当初言われたほどは正確に対照をなしていないことを発見しました。ピラミッドの角度は38度で、三つ星は50度でした。この食い違いをハンコックとボーヴァルに尋ねると、それは象徴であって正確な計算は重要でないと二人は答えました。 グラハム・ハンコック:ええ、それは全く正しいというわけではないですが、私はちっとも気にしていません。 しかし番組が視聴者に知らせなかったのは、私がいかなる状況においても、ピラミッドと三つ星の角度が12度(38度と50度の差)も違うということを受け入れるつもりがなかったということです。私はピラミッドの角度を45度としました。これは実証することもできます。そして星の角度のずれはせいぜい43度程度まで(これも実証できます)としました。2度以下の誤差ということです。私の「全く正しいというわけではないですが、私はちっとも気にしていません」という発言は、1度や2度の差に関するものであって、12度のことではありません。番組制作側の編集によって、私が12度の差を受け入れていて、しかもそれを全く重要だと考えていないという強い印象を作り出しているのです。繰り返しますが、12度についてではないのです。この不当性はその後、フェアオールの数値に対するボーヴァルの詳細な専門的反論を番組が放送しなかったことで増長されたのです。これら専門的詳細について、私は不当処遇に関するボーヴァル氏の告訴における関連部分を委員会に提出します。 カンボジア・アンコール遺跡の天文学的論証に関する私の立場に対する不当な扱い 私の研究に関する不当処遇に発展した、もう一つの誤解を生む説明は、学者であるエレノア・マニカが登場したときに起こりました。彼女は、竜座の主星群とカンボジア・アンコールにある主要寺院群の配置が似ているという私の主張に疑問を呈しました。彼女は、類似性はそれほど高くなく、偶然の産物に違いないと主張しました。それから竜座、つまり'ドラゴン'の星座というのはカンボジアでは知られておらず、ドラゴン座というのは存在しないと言い、そして――私の理論への大きな打撃とされるものですが――アンコールにはドラゴンを用いた象徴物がないと述べました。 私は番組制作者が私に問いかけた質問のこれらの点に関し、答える機会を与えられませんでした。しかし、もう一度申し上げますが、私は著作の中で記録としてはっきり残しております。『天の鏡』の中で、ギリシャ語の呼称である'ドラコ'は'ドラゴン'を意味するが、この星座は「歴史の全過程およびほとんどすべての文化において、宇宙空間の蛇のような形をしているとも理解されてきている」ことを極めて明確に示しています。この本の第8章(134−144ページ)で私が広範な論証を試みたのは、アンコールの全寺院において圧倒的な数が彫刻作品として図柄に使用されている、鎌首を持ち上げたナーガ蛇は、天空の大ナーガ蛇、すなわちドラコの姿である可能性が非常に高いということです。私はアンコールではドラコが蛇として理解されていたという私の説に疑義をさしはさむ余地を認めていませんし、「竜座は実際のところ、鎌首を持ち上げたコブラが頚部を広げた状態に大変よく似ている」とさえ述べました。したがって私にしてみれば――ホライズンはこの点に関する私の見解を十分にわかっていましたので――私がアンコールにおいて竜がドラゴンと見なされていたと断言したことがないことを視聴者に知らせなかった一方で、エレノア・マニッカに、"アンコールにドラゴンがいない"からということでドラコとアンコールの相関についての提議を軽蔑することを許したというのは不当であったのです。 スフィンクスの天文学的論証に関する私の立場に対する不当な扱い 自著の幾つか (『神々の指紋』、『創世の守護神』(ロバート・ボーヴァルとの共著)、そして最も新しい『天の鏡』)で、真東を向いているギザのスフィンクスは、紀元前10500年、春分の日の夜明けにスフィンクスが見つめる先の線上に現れたときの獅子座を、天空の像あるいは象徴として地上に設計されたのではないかと述べました。ホライズンも「獅子座は紀元前10500年にスフィンクスの真東の地平線上に現れた」ことは認めましたが、私のスフィンクスと獅子座に関する研究はぞんざいな言葉で片付けました。「この星座が古代エジプト人によって認識されていたことを示す証拠は何もない」。これは、ロバート・ボーヴァルと私が『創世の守護神』で行なった詳細な論証を不当に無視しています。つまり、現存する人類最古の碑文である古代エジプト人のピラミッド・テキストにおいて獅子座が認識され、ホルアクティという神の名で呼ばれているということをです。このホルアクティという名はしばしばスフィンクスにも使われました(英国、ペーパーバック版、177−189ページ)。ここにおける問題点は、我々の意見が正しいか「否か」ではないのです。我々はそれについての見解を誠実に提示しており、そしてその見解は公平な立場からすれば、スフィンクスの天文学的論証に関する私の立場をホライズンが取り上げる際に、少なくとも紹介される程度はされるべきものだったということが重要なのです。 さらにこの不当な扱いは、ロバート・ボーヴァルと私が天地相関理論にたどりついた論理過程を番組制作者側がばかにするという試みによって助長されました。ホライズンはパロディー仕立ての言葉でこう言ったのです。「彼(ハンコック)の基本理論にさらなる疑念を生じさせる発見をしました。彼の理論とは、特異な記念建造物の一群と星の配置とを結びつけるものです。地上のここに北を向いている記念建造物があります(画像)。その配置は大星座の一つ、獅子座に対応しています。以下がそれらの記念建造物です。グランドセントラル駅、ニューヨーク公立図書館、メイシーズ、マジソンスクェアガーデン、中央郵便局、劇場、大学、タイムズスクェア、ロックフェラーセンター、そして警察署です。これらの建造物はもちろんマンハッタンにあり、獅子座の全体計画にはマンハッタンの目印となる主要建造物のすべてが含まれているわけではありません。しかしハンコックの基準によれば、そんな必要はないのです。ある一定の数のポイントがあるのにそのすべてを一致させる必要がないというのであれば、自分の思いどおりの配置パターンをほとんど見つけることが可能なのです」 これはロバート・ボーヴァルと私がこの分野で試みてきた研究を伝えるうえで重大な過ちを犯しています。私達は上述の事例中、ただの一つも単純な配置相関のみに拠って論を展開しているのではありません。ギザでもアンコールでも、私達は相関に関する豊富なテキストを示してきたのです。その中には、特定の星群の'写し'として地上に寺院を建設するよう特に指示した宗教的な碑文もありますし、関連する星座と同一視される地元の神格物(たとえばオリオンとオシリス、獅子とホルアクティ、ナーガと竜)についても紹介してきました。ホライズンのまやかしの"獅子座"相関の場合、ニューヨークではそのような状況が存在しないので、番組が試みた比較は無効です。しかし、もう一度言いますが、視聴者は我々の空と地上の相関に関する状況的背景は知らされず、相関がただの'点をつなげる'ゲームにすぎないという印象だけが残ることになったのです。 ホライズンの獅子座・ニューヨーク相関の試みについてコメントを求められていたら、私はこう問いかけていたでしょう。(1)ニューヨークには、獅子座と同一視される神が存在するか? (2)ニューヨークには、天空の星座の配置に従って地上に記念建造物を建設することを指示する、あるいはそれを促す宗教体系が存在するか? (3)ホライズンのニューヨーク・獅子座"相関"における建造物の向きは、(東西南北の)正方向とかなりの精度でそれぞれ一致しているか?(というのは、もしそうであれば、それらは天文学の知識を持つ人達によって作られたと考えられるからです) (4)これらの建造物はすべて宗教的な建物か? これらの質問に対する答えは、ニューヨークの場合は「ノー」です。獅子座と同一視される神は存在しません。天空と地上を結びつける宗教的体系はありません。'相関'における個々の建造物は、正方向と一直線には配置されていません。これらの建造物のどれも、宗教的な建物ではありません。アンコールとギザの場合、これらの質問に対する答えは「イエス」です。星座と同一視される神が存在しました。天空と地上の宗教的体系は存在しました。それぞれの相関における個々の構成物は正方向に対して一直線に配置されています。すべての建造物は宗教的な建物です。 私の見解のそのような重要な部分を取り上げないでおきながら、BBCは私の研究を正当に紹介したと果たして言えるのでしょうか? 大スフィンクスの侵食と成立年代に関する私の立場に対する不当な扱い 私が著作の中で長期にわたり調査し、詳述している研究分野の一つは、硬い岩から彫りだされているため、放射性炭素で成立年代を特定できないギザのスフィンクスが、エジプト考古学者が考えるより数千年古いかもしれないという可能性に関するものです。私はボストン大学地質学教授ロバート・ショックの研究を特に引用しました。氏は学者としてこの説を支持する第一人者です。簡単に述べると、ショックの見解というのはこうです。スフィンクスには長期の大雨による侵食が生じたとしか考えようのない痕跡が残っており、そのような雨がエジプトで最後に降ったのはファラオの時代より何千年も前のことなので、ショック教授はスフィンクスがファラオ文明より前のものに違いないと主張しているのです。 番組はスフィンクスの侵食と成立年代についての地質学者としてのショック教授の検証を放送しないことに決め、私の研究を不当に誤って伝えました。代わりに、次のように述べました。「ハンコックは(スフィンクスがもっと古いという)地質学的証拠があると断言している。エジプトはピラミッドが造られた時代から乾燥した気候にあったが、スフィンクスとその周囲には非常に深い侵食の跡がある。ハンコックおよびその他の人々は、侵食は激しい雨によって引き起こされたものであり、それはつまりスフィンクスは我々が考えているよりも何千年も前の、湿潤な気候の時に造られたことを意味すると主張する。しかし、侵食論は地学者たちによる詳査に耐えられないでいる」 私が著書の中で報告した侵食に関する見解は、そもそも代表的地質学者の一人、ショック教授によって提唱されたことを認めることなくそのような意見を述べることは果たしてフェアなやり方でしょうか? ショック教授は今日に至るまで、スフィンクスはエジプト考古学者たちが考えるよりも数千年古いという立場を維持し続けているのです。もしホライズンが、こうした事柄について地質学者としてコメントする資格がショック教授にはないのではと考えたのであれば、スフィンクスに関する彼の検証を番組が完全に省いたことを理解するのはそれほど難しいことではないでしょう。しかしそれは有り得ないのです。ショックの検証を使わずにスフィンクスの地質学的分析を取り扱った数分後、番組は別の地質学問題に関して彼を専門家として登場させたからです。実のところこの問題に関しては、彼はコメントする資格がそれほどあるとは思えない存在なのです。日本の与那国島沖のいわゆる'海底構造物'が自然物か、人工物かという問題です。 与那国の海底構造物に関する私の立場に対する不当な扱い 私がこれまで主張してきて、これからも主張し続けることですが、自ら100回以上の潜水調査を行なった与那国島近くの海底構造物の一部は自然にできたものだが、人の手によって自然の床岩から彫られた部分もあります。ホライズンは、私がお願いしてその構造物を調べてもらったショック教授が、それは人工物であるとの確信を得られなかったと述べたと正しく報告しました(私も『天の鏡』の中でそう書いています)。(もっとも彼が番組の中で述べた「これは天然のものであると確信している」という発言は、1999年に『神々の声』の中での「この島の古代住民は、自然の地形を部分的に造り直し、あるいは形を整えて望む構造を作り出したのかもしれない」(1999年ハーモニーブックス(ニューヨーク)、111ページ)という記述とは一致していませんが。ショックを(与那国に関する)'検察側証人'としてのみ採用し、(スフィンクスに関する)'弁護側証人'としての証言は無視するという編集方針によってもたらされた問題は全く別にしても、私はホライズンがこのように与那国に関する私の立場を無価値と判断したのは不当であると思います。私が与那国の人工物について提示した詳細な見解はひとつとして視聴者には紹介されず、さらに重要なことに、資格という点でショック氏に全く引けを取らない日本人の専門学者、それも地質学者が複数いることを視聴者は知らされませんでした。彼らは長年の研究の結果、その海底構造物は、海に沈む前に人間によってかなり手が加えられていたと確信しているのです。人工物であると主張する専門家の中での第一人者である木村政昭教授は、琉球大学(沖縄県)の海洋地質学者です。彼は私の立場を擁護するために証言することを許されなかったばかりか、番組は視聴者に彼の存在も、彼のチームによる海底構造物の調査結果も知らせませんでした。 アトランティス、南極大陸および地殻の移動に関する私の立場に対する不当な扱い 番組における私の研究の不正確な紹介の一つで、番組全体の不当性に寄与しているのが、私が南極大陸は失われた大陸アトランティスであるとする理論の開祖、あるいは創始者であると番組が誤って伝えたことです。放送から引用します。「失われた文明のありかを見つけることはそれこそ世紀の発見、本物のアトランティスを見つけることだろう。ハンコックはその場所について驚くべき提案をした。それは南極大陸だというのだ。彼のベストセラー作品『神々の指紋』の中で、ハンコックは、南極大陸はかつてもっと暖かい場所に位置し、失われた文明の故郷であったと主張している。12,000年前の地殻の大移動によってアンタークティカ(南極大陸)が今の南極の位置に移動し、氷に閉ざされたという立場を彼は提唱している」 私はこの理論の開祖でも創始者でもありません。『神々の指紋』の50−51章で説明した通り、この理論はカナダ人著作家のランド・フレマスとローズ・フレマスのものです。彼らは、私が1993年に原稿の段階で読む特権を与えられた『空が落ちた時(When The Sky Fell)』(1995)という本の中でこの理論を初めて提唱しました。私はその時もそう思いましたし、今もその思いは変わりません。彼らの理論は、非常に画期的なものであり、失われた文明の可能性を適切に考慮するためにはとてつもなく重要なものなのです。私は『神々の指紋』の中で他の多くの著者や研究者たちの研究および理論を報告し、まとめ上げましたが、この独創的でよく考え抜かれた理論における私の役割も、単なる報告者とまとめ役としてのものでした。 その後も番組は極めて選択的な編集を行い、私があたかもアトランティス・南極大陸理論に関する支持をすべて引っ込めたかのように進行していきました。これは正しくありません。私が口頭で'ホライズン'制作チームに詳述したにも関わらず彼らがあえて放送しなかったことですが、最終氷河期の突然の終焉は地球の歴史における大きな謎の一つです。この謎が比較的ゆっくりとした穏やかな気候変化で説明できるとは思いません。何らかの激的な力が作用したと強く信じています。そしてフレマス夫妻および彼らよりも先にこの理論を唱え、彼らの精神的支えでもあったチャールズ・ハプグッド博士が唱えたメカニズム、すなわち地殻の巨塊が大きくずれたことが、実際に起こった世界的大災害の説明としては非常に有り得るものだと考えています。したがって私は、'ホライズン'のインタビュアーによる挑戦的な質問に対して地殻移動のメカニズムを弁護しました。そうした雰囲気の中、インタビュアーは、そのようにふるまう私を'えせ科学者'だとさえ非難したのです。しかし、BBCが放送した最終の編集済みフィルムにはこの部分は登場しませんでした。同じインタビューで私は、小惑星と彗星の地球との衝突に関してさらに意見を述べました。これも、私が氷河期を終わらせた不可思議な大変動を引き起こした有力候補だと考えているものです。これらもまたすべて映像から削除されていました。こうした一連の質問に対する結論として、氷河期終焉は比べるものがないほどの激しさと規模を持つ大変動であったということを私は何度も繰り返しましたし、こうした大変動が起きたことは、それを証明する大量の証拠によって事実として認定することが可能であり、さらに、ほとんどの科学者に事実として受け入れられていると指摘しました。たとえそれを引き起こした正確なメカニズムについて一致した見解が存在していないとしても、です。そして私はこう付け加えました。この謎の大変動における重要な事実は、世界中の海面が約100メートル以上上昇し、地表の形を完全に変えてしまったということです。これによってほとんどすべての大陸棚に沿って以前人が住んでいたとも考えられる広大な陸塊が水没した、と。これらもまた、すべて映像から削除され、その代わり制作者たちは私のコメントのごく一部に焦点を当てました。「調査が進むにつれてある意味でわかってきたことは、失われた文明を説明するには南極大陸は必要ないし、だから地質学的見解における革命的変革を提案する必要もないということです」 前後の部分をカットされたこの発言は、確かにアトランティス・南極大陸および地殻変動論の支持を完全にやめているように聞こえます。そういうことでは全くなかったのです。これはインタビューの中で、私が大変動論を長々と擁護した後の部分だったのです。私はこの発言の直前の部分で、氷河期最後の世界的な海面上昇という明白な事実に基づいて、私の調査は別の方向に動き始めたことを述べました。世界中の大陸棚に潜り、世界各地に散らばる失われた文明の海底遺跡を探すこともその一つなのです。 アトランティス・南極大陸理論の形成における私の役割、そして地殻移動およびその他の大変動理論に関する私の見解を'ホライズン'が誤って伝えたことは、制作チームとのインタビューおよび話し合いで述べた私の立場を単に誤解したに過ぎないとして片付けることはできません。彼らがいかにでも編集できるインタビューで述べたことですが、私のアトランティス・南極大陸に関する見解は著書の本文中に明白に記されています。これはホライズンが公平に取り扱って然るべきものだったのです。たとえば最近では、『天の鏡』(1998年)の第12章、特に207−212ページにかけてこの問題に関してコメントしています。210ページではこう指摘しています。「ハプグッド、フレマスその他により唱えられた地殻移動理論は主流派惑星科学者にはあまり支持されなかった。特に地質学者はこの理論を軽蔑し、狂信的思想に近いとしたが、本格的な専門的分析を試みることをしなかった。狂信者達が唱える'有り得ない'過程に過ぎず、それゆえ本物の科学者が考慮する価値のないものというイメージが巧みに作り出された。しかし舞台裏では、地殻移動は時々起こっており、フレマスが主張する通りにそうした移動が約12,000年前に起こりえなかったことを示す物質的あるいは地質学上の理由は存在しないという証拠が徐々に蓄積されてきている」 ですから制作者が私を、アトランティス・南極大陸および地殻移動理論の創始者として描いただけではなく、これらの理論を今や完全に見限った人物として描いたことも不当かつ不誠実だったのです。 炭素年代測定法に関する私の立場に対する不当な扱い 私の考えに対する番組による'破壊行為'の主要な要素は、炭素年代測定法における私の立場の扱い方に関わるものです。私がここで受けた扱いは極めて不当なものでした。というのも、番組制作チームは、もし放送されていれば私がこの問題に関して筋道だった見解を持っていることを示したと思われる陳述を、すべて省略したからです。ですから、彼らが私に行なった長いインタビューから文脈を無視して切り取られた断片でのコメントとして、私が番組の終盤近くに『天の鏡』ではアンデス山脈の巨石都市、ティアワナコ(一部は紀元前10500年にさかのぼるかもしれないと私は主張しています)における炭素年代測定法の問題に全く触れていないという趣旨のことをぞんざいに――それも、あたかも罪を認めたかのように――コメントしているように映っているのです。私のコメントの放映のされ方を見ると、あたかもだまし討ちに遭ったような感じがします。ナレーターは視聴者に以下のように告げるのです。「炭素年代測定法はティアワナコを含む世界中の古代遺跡の年代を特定する方法として信頼を得てきています。人類の居住を示す最も古い兆候は、たかだか3,500年前のものです。巨石遺跡が造られ始めたのはたった2,000年前であり、決して紀元前10500年のものなどではありません。ではグラハム・ハンコックは最近の著作でこの情報をどのように扱っているのでしょうか」 そこで私が登場し、こう述べるのです。「私は百科事典的であることを求められてはいません。ティアワナコに関する最近の炭素年代測定については、『天の鏡』には記述が全くありません」 その直後に専門家がコメントします。「ティアワナコのような場所で放射性炭素による年代測定をすると、その場所がどれくらい古いかがわかります。そのやり方を拒否しないまでも、考慮に値しないと言い続ける人がいるならば、その人の行なっていることが科学とは言えないことは明らかです」 ですからここで出された炭素年代測定法という重要な事柄に関する私の立場の取り上げ方は、私がそれを無視しているというものであり、それは私が「ティアワナコに関する最近の炭素年代測定については、『天の鏡』には記述が全くありません」と述べた時にあたかも私自身が認めているように放映されているのです。私は、これは不当であり不公平であると考えます。なぜなら、インタビューの中で私はホライズン制作チームに対し、なぜ放射性炭素を巨石遺跡の決定的な年代測定法と見なさないか、なぜそれが示すことに関して多くの時間を費やしてこなかったのかを明々白々に説明したからです。つまり、放射性炭素は石そのものの年代を特定することはできず、それらの石に関連して見つかった炭素含有物だけに効果を発揮するのです。繰り返しますが、放射性炭素が年代を特定できるのは骨、石炭、木など、炭素を含むものだけです。放射性炭素技術では、ギザのスフィンクスやティアワナコにあるプーマ・プンクの巨石遺跡のような岩を切って造ったものの年代は特定できないのです。 私の研究に対してだけでなく、すべての事実を正確に知る権利のある視聴者にとっても、2回の番組全体にわたって(番組は2部シリーズの2回目のものでした)ホライズンが、一貫して炭素年代測定法を巨石遺跡、すなわち巨大な石でできた遺跡の年代を確定する最終兵器として扱ったことは極めて不当であると考えます。番組制作者は一度として、放射性炭素では石の年代は特定できないことを視聴者に知らせませんでした。私が事実を選択的に使っていると何度も居丈高に述べる制作側ですが、これこそ事実を都合に合わせて選択している極端な例だと思うのです。しかしそれに留まらず、私がインタビューで、『天の鏡』の中では炭素年代測定法に触れていないと述べている部分だけを採用し、その理由を説明している部分を使わないというのは、不正に相当します。 そして、巨石遺跡の放射性炭素による年代測定法の限界に関する私の立場について、何らかの疑念を持っているようにも思えませんでした。ですから私が結論として言えるのは、ホライズン制作チームは故意に私の意見を誤って伝えたかったということです。インタビューだけでなく私の著作の本文からも、制作者たちは私の立場を非常によく知っていたのです。つまり、私は関連する炭素含有物の断片の年代からその場所全体の年代を測定するという方法に納得していないため、巨石遺跡の年代を知るための別の方法を提唱しようとしていること、をです。1995年に『神々の指紋』(英国ペーパーバック版、54−55ページ)の中で私は説明しました。「考古学者にとって、道路や乾燥した石壁など有機物を含まないものの年代を正確に知ることは難しい作業である。こういう場合は放射性炭素も、熱ルミネセンス年代測定法も役に立たない。塩素36を使用した、岩の露出時間を測定する新しい年代測定法も開発されているが、実用化はまだ先の話だ。したがって、この新しい方法がさらに発展するまでは、'専門的な'年代測定は当て推量と主観的仮定による部分が大きい」 私は『神々の指紋』の134−135ページ、および『天の鏡』(ギザの大スフィンクスとの関連)の92ページで同じ点を指摘しました。ですから制作者側が私を、炭素年代測定法を全く(そして恐らくは不誠実に)無視した人間として紹介したのは許されることではなく、不当であるのです。無視するどころか、私は炭素年代測定法について明白な見解を持っていますし、ティアワナコのような巨石遺跡のための別の年代測定法を探す正当な理由付けもあります。番組が視聴者にこの情報を与えなかったのは不当です。 私の人格に対する不当な取り扱い 私は成功した作家です。私の著作は世界中で約500万部売れており、歴史家によっていまだ特定あるいは認知されていない高度な文明(失われた文明)が有史以前に存在したかもしれないという可能性を追究しています。私は、自分の主要な役割はこの仮説的でいまだ証明されていない文明の「主唱者」であると考えていることを公にしています。こう主張することで私が直面するのが、そのような失われた文明は存在しないという主流派学者側の圧倒的信念です。圧倒的なのは、これらの個々の歴史家あるいは考古学者が作家として私よりも多くの本を売ったからではなく(番組は、私の本が彼らの本よりもずっと人気があると正しく指摘しています)、こうした学者達の発見と結論が過去に関する学問すべての基礎になっているからです。幼稚園から大学まで、子供達と学生は歴史に関する別の見方を教えられることはほとんどありません。過去に関するこうした教義がほとんど反駁されることなく先進国の全人口、数十億人に教えられているのに対し、私の読者500万人はほんの一握りの集団にすぎません。それでも500万人というのはそれ自体大きな数であり、私は自分の考えがそれほど多くの人々の関心を引きつけていることを嬉しく思います。しかしこの10年間、私がこの分野で出版している本がこれほど成功を収めている唯一の理由は、正直さ、信頼性、清廉、知的でしかも裏付けのしっかりした見解を表現する能力を私が持っているため名声を築けたからだということは間違いありません。 番組が壊そうとしたのはこの名声でした。彼らはそれを、正直かつ公平、そして勇気ある態度で私と私の著作に攻撃を仕掛けるのではなく、編集、証拠、証人を私に不利な形で歪めて提示し、そして私に正当な自己防衛を始める機会さえも与えないという不誠実なやり方で実行したのです。上述の7つの点において私を不当に取り扱うことで、私は自分自身の見解――これも悪意に満ちた見解として扱われている――を知的に説明することもできない、そして番組で紹介された他の発言者の言葉にあるように「下手な言い訳をぶつぶつ言う」、「天文学者によって指摘された自説の欠点を見直すこともできない」ような、全く非難すべき、詐欺師とも呼ぶべき人間として番組内で描かれています。批判者たちに対して私が反論している映像(これはすべて編集時に削除された)を使うか、私の著作の本文から公平かつ正確に私の見解をまとめるかして番組が見解を適切に弁護する時間を私に与えてくれていたなら、私の人柄をそのように描写することはできなかったでしょう。 さらに、番組の私の取り上げ方に関し、それとはわかりにくい部分での不当性が他にも存在します。これもまた情け容赦のない恣意的編集によって、私が独断的で狭量であり、自分自身の理論に何の疑念も抱かない'信者'というイメージを作り出しました。このイメージは、ホライズンが私に強要した2日間にわたるインタビューを使って描き出されました。彼らは集中的なインタビューを行い、しばしば同じ質問を繰り返しました。そして私が稀に見せた苛立ちに不当に多くの放送時間を割き、またインタビューで私が発言した多くの自己軽視的および自己批判的な意見をすべて削除したのです。例えば、私の著作に示した理論の特定の側面についてカメラの前で概論的に説明したあと、私は何度か「しかし、ひょっとしたら私は完全に間違っているかもしれません」と述べ、私は単に考え方を提示しているのであって、すべての"事実"を把握していると言っているわけではないと警告しました。またホライズンとのインタビューの中で何度も、私は "単なる作家"であって、"いかなる科学者"でもないし科学者であると断言もしないと強調しました。また私の著作における第一の目的(そして責任)は読者を楽しませ、刺激を与えることであり、歴史に関するもう一つの見方を可能な限り力強く紹介することであると強調しました(というのも、歴史に関する伝統的な見方はすでに教科書や百科事典、それにマスメディアによって教育のあらゆる段階で強力な形で示されていますから)。 したがって、もし私の録音インタビューの膨大な資料が公平な視点で使われていたなら、私に対する印象は全く違ったものになっていたはずなのに、番組が私の人格を非常に偏ったものに作り上げ、放送したことは極めて不当だと感じます。
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