神々の指紋」 から 「アンダーワールド」 へ (2)


手法に関するエッセイ

グラハム・ハンコック  


違うアプローチであり、立場を変えたわけではない。




「神々の指紋」は、固着した物事を揺すり形を整えるべく書かれた。


本はそうした。


そして私はそれを見守っている。


 この本は本質的問題を数多く取り上げ、さらに失われた文明仮説を支持する新しい議論や証拠を持ち込んだ。


 私は、しかし、この可能性についての真剣な議論がまだまれであった1991年から1994年にかけてこれを書いた。「指紋」は、真剣な討論を呼び起こしたプロセスの一部であり、この結果今日証拠や議論の水準が1990年代初期に比べはるかに高度になった。


 当時の私にとって最も重要だったのは、失われた文明を支持すると思えた全てのアイデアを詰め込み書き下すことであった。資料の質を吟味したり選んだ手がかりを選り好みすることよりもこれらははるかに重要だったのだ。さらに私は正統派の見解の弱点の攻撃を急ぎすぎ、一方長所を正しく考慮することをしなかった。


 結果として私が示した失われた文明の事例に防衛能力などなく、「指紋」は大量の批評−いくつかは十分それに値していた−にさらされることになった。多くは例えば言及した場所での炭素年代測定法による公式年代を私が無視しているというものである−即ちC-14法 は石で出来たモニュメントの日付を直接決定することは出来ないとして私がそれらを地面に払いのけていると−そして正統派の年代を疑うためのあらゆる良い(あるいは悪い)理由を示して私自身の方法をひたすら見いだそうとしていると。


 これは誤りである。後日得た知恵のおかげで、私はティアワナコのような巨石サイトでのC-14証拠をより十分に考慮すべきであったこと、さらに代わりとして示した年代の事例を決定する前に十分な深さと詳細さでそれらを読者に提出するべきであったことを認める。結局、正統的な年代が通常依存する炭素年代測定法による日付をうまく説明することができない限り、はるかに古い年代をいかなる考古学サイトに適用しようとしてもうまくいかない事を私は理解すべきであったのだ。


 しかし私がここで言っているのはアプローチの仕方である。即ち私がC−14法に無頓着であったということであって、「指紋」や「他の本」で取り上げた過去についての基本的な問題に関する事では一切ない。私は今も例えば大きな神秘がボリビアのティアワナコを取り囲んでおり、その起源は私達が教えられるよりはるかに古いのではないかと考えている。「指紋」や「天の鏡」でティアワナコに対して現在の認識より古いといういくつかの証拠を提示できたことをうれしく思うが、このより古いティアワナコのC-14証拠についての説明には失敗してしまったので私の示した事例が脆弱であったということも今振り返ると認めなければならない。


 従って私は「アンダーワールド」では、「指紋」では意図されていないあるいはされていなかった方法だった考古学会で認められている証拠に根付き基づいた形を持ちつつ違った見方の歴史本を書き始めた。直接的な比較では、「アンダーワールド」では「指紋」でティアワナコの古さについて挑戦したのと同様野心的に、マルタの巨石サイトの正統的な年代に対して挑戦している。大きな違いは、「アンダーワールド」ではマルタのC-14法の証拠や正統な年代を支える証拠を完全に検証し、そしてこれらを完全に考慮したことである。


 従って、新しい本では明確にアプローチの変化がある。しかしこれは、前作とは違う根本的な態度の変化とは混同しないでいただきたい−なぜならそのような根本的な変化は全くないからだ。


私のウェブサイトの掲示板に最近私に対して書かれたこの主題に対し、私は次のように答えた:


 私はすべての仕事を連続的なものとみなしている。他の人同様私も誤りを犯す。みなと同じように、私は自身の誤りから学び、その過程で成長し、将来それらを繰り返さないようにしようとする。


しかしこれを、私が誤りに気づきこの結果前作での間違いを認めたこと意味すると想像したとすると、それは誤りである。


 「神々の指紋」、「創生の守護神」、「天の鏡」の主たる論点は、氷河期の終わりと考えられる頃に人類の歴史から忘リ去られたエピソードがあり、この忘れ去られたエピソードは、少なくとも世界地図をつくれるほど発展していた都市文明の喪失を含んだ事柄であってこれが証明されなければならないということである。たぶん、失われた文明は複数あったのではないだろうか?私はそのような可能性を一度も除外したことはない。


 「アンダーワールド」を書くために学んだ後、私は核心の証明までにはまだ遥かな道のりがあるというよりむしろかなりこれに近づいたと感じるようになった。


掲示板へのもう一人の貢献者は、以前に書いた本の中に私が訂正したい部分があるかどうかと尋ねた。私は答えた:


 それは、何かを訂正するという問題ではなく、人、研究者および作家として進化するという問題である。私に対する批判を聞き入れ、それらの尤もな心配に対し新しいアプローチを見つけようとすることの問題でもある。それらの懸念の全てが適切というわけではないが、いくつかはそうである。見かけに反して私は彼らが私について言う意見と全てが異なっているわけではない。よりしばしば私の意見と異なるのは、どのように彼らがそれを言うかなのだ。私はそのような注意深い批評家を持つことは幸いであると考えている、なぜならある意味自分自身を注意深くさせるので。


 「アンダーワールド」では、かつてひどく争われたグラウンドでのこれ以上の戦いは避けたかったので、エジプト、メキシコ、ペルー、ボリビア、イースター島そしてアンコール−これらは私の以前の主要な主題であったが−の本ではない。水面上の地理で言えば、「アンダーワールド」の主要な焦点は、インド、マルタ、日本、中国および台湾である。


 「指紋」には古代の地図の章があるが、「アンダーワールド」にも古代の地図に主要な章が充てられている。「アンダーワールド」の内容は「指紋」でカバーされた部分はどれも踏襲していないのですべてが新しい。にもかかわらず「アンダーワールド」の古代地図の章は、「指紋」で主張された観念を強く支持する−すなわち、氷河が融ける期間の様々な段階で世界の地図が作られた事を。


 結果を言うと、「アンダーワールド」は私が前作で書いた基本的コンセプトについて前作よりも強い防衛力を持つと考えている−即ち人類の歴史には象徴的に忘れ去られたエピソードがあり、さらに後氷河期の激変がこれに関係しており、この文明は今日理解されているよりもはるかに古いルーツを持っていると。同時に私の目的は、最初からこれまで一度も探究されたことがなく、または検討されたこともない非常に簡単かつ完全に新しいアイデアを提示することでもあると。


<続く>



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