ニック・フレミング氏による氷河期に水没した大国(Flooded Kingdoms of the Ice Age)第2話の批評に対するグラハム・ハンコックの応答: この応答は掲示板ミステリーズに5部に分かれて掲載されたものです。
セクション3:伝説
ニック・フレミング氏の言葉
グラハム・ハンコックは、最後の氷河期に関して次の点で正しい。
・ 最後の氷河期のピーク時である約2万年前には、海面は今より150メートル低かった。
・ 10万年前から5千年前までの最後の氷河期中、陸地にいた人間や一般植物・動物が近くの大陸(棚)へと広がった。
・ 海面がまた上昇した時、植物は塩の集積により少しづつ破壊され水に沈み、大陸棚にいた動物と人間は内陸へ移動して、そこに既に住んでいた人間と合流した。
・ 世界中にある洪水伝説は、1万年続いた海面の上昇に苦しんだ体験の「民族の記憶」である。
氷河期の海面上昇が、沢山ある洪水伝説の原因であるという説は、F.J.ノース(F.J.North)が1957年に出版した本に詳しく出ている。私は出版数年後にこの本を読み、その論理を発展させ、1970年アメリカで、1971年イギリスで、そして数年後には日本でも出版された私の本「海の中の都市(Cities in the Sea)」の第一章で説明している。このモデルは広く受け入れられているもので、数人の研究者が個別に手を加えている。
第2話には、3種類の伝説が入り混じっていた。洪水伝説、黄金時代伝説、そして人類の堕落伝説である。旧約聖書や他の宗教書に見られるように、これらの伝説は相互に関係のあるものだ。人生とは常に難解かつ不可解な経験である。いい時もあるが私達のほとんどは手ひどいことも経験する。こんな時、人はなぜそうなったのか知りたがる。生きることは常に理不尽だったのか?人は常に苦しんで来たのか?神々は私達のことなどどうでもいいのか?そこで多くの信念体系が、すべてが良好だった過去の時代と関連付けた概念を作り出したり、宗教が死後の好ましい時代と関連付けた概念を作り出したりするのだ。過去の平和な生活から今の現実への移行は完全なる状態(黄金時代)の喪失、または罪に対する道徳的罰(人類の堕落)として描写される。
ハンコックの語る伝説は混ぜこぜで、インド人(と他の民族)は過去にもっと豊かでもっと幸福な素晴らしい時代があったと信じていて、洪水伝説も同様に信じているという。どちらも昔のことだ。ハンコックの理論によれば、海面上昇期に存在した文化は、豊かで技術の発達していた黄金時代の文化だということだ。
別種の伝説の混同またはそのための混乱は、水没王国説にとって重宝だが筋が通らないのである。
堕落と黄金時代について言えば場所と年代がはっきりしていない。神学の年表に載ることもあるが、純粋に精神的あるいは心理的概念なのである。
洪水は年代と場所に左右されるものだ。
洪水伝説は今から2万年〜5千年前の石器文化に定着していて、それは文字誕生以前の人々が、土地や自然と密着な関わりを持っていたからだ。
狩猟をしながら食用に適する野生の植物・根・昆虫を探し、地中の水が定期的に必要となる暮らしをすれば、その土地に関して百科事典並の知識を身につけるものだ。オーストラリアの原住民・アボリジニーや、アフリカのブッシュマンを含む他の狩猟民族も確か、何百マイル何千マイルという膨大な道や通路を、岩や動物の棲家、藪、湧き水、日陰、危険事項等をひとつひとつ語るという物語形式で暗記している。暗記による記録は、季節に関する情報や動物の移住、気候による地形の変化等と共に世代を超えて受け継がれる。
継続的海面の上昇が、文字誕生以前に海岸沿いにいた狩猟民族や、放浪民族に与えたインパクトは想像が付く。2,30年間で見られる垂直方向の変化はわずかにしても、水平方向の水の進出は観察可能だ。ある世代には機能していた狩猟のための通路が、2、3世代後には水没し使い物にならないということがあり得る。海面の上昇は、嵐の怖さ、危険な動物、毒性の植物同様、若い猟師が知っているべきこととなった。これは明らかだ。故リース・ジョーンズ(Rhys Jones)氏は、オーストラリアの部族の道の記録を発表したが、その中には、現在の海岸線を越えて海へ向かい、戻って来るループがあった。頭の中の録音テープがそのままになっているからだ。マスターテープに手を加えるより、テープはそのままにして、日常的には注意書きを加える方が簡単な場合があった。
1982年にチモールから北オーストラリアへ渡るアボリジニーの通路を調査した際、バサースト島(Bathurst Island)のアボリジニー評議会議員等は、彼らの先祖が、海面が低い時に海の底を歩いて海を渡ったと完全に承知していた。現代の科学者から学んだのではない。彼らは私達のことを分かりきった事を研究している新米と見て、ダイバーを使ってのリサーチを励ましてくれた。
今から1万年前には、ヨーロッパやアフリカそしてアジアの広範囲にわたって新石器時代の村が出現した。(メラートの「中近東の新石器時代」参照)このような村が数件、海底からも見つかっている。(ガリリ、エフストラチオ、フレミング他参照)トルコのカタル・フユク(Catal Huyuk)はこの時代に造られた村だ。この時代には新石器時代の人間が住んでいて、村や小さな町を作り始めていた。農耕も始まり海岸ではより進んだ方法による釣りが行われていた。
新石器時代の村で海面が上昇した時、住民は主要構造物に注いだ相当の投資を放棄せざるを得なかった。大きな損失である。水位が100年で1メートル上昇した場合、住民は水際の家を捨てて集落の内陸側に建て直すか、地形によっては集落ごと棄てることになる。アギオス・ペトゥロス(Aghios Petros/エフストラチオ、フレミング)とアトゥリット(Atlit/ガリリ)はこの経過をたどったようだ。
ここまでは文字誕生以前の文化について話してきた。つまり何千年という年月のある一点を絶対値として時を計るシステムがあったとは考えられない。5千年前に海面が今の水位に落ち着いた頃には、悪魔視され人々の脅威であった海面の上昇は、はるか昔の出来事となっていた。つまり伝説となっていたのだ。伝説は、「神々の時代」とか、「我々の都市が偉大な王によって築かれる前」とか(例:ギルガメッシュ叙事詩)、その土地の伝説体系によってさまざまだ。
文化ごとの洪水年代を特定するには、文字と暦そして記録を留めることが可能な進化した文化でなければならないのだ。そこまで進化して初めて洪水伝説は一定の時期に固定され、物語が口頭で次の世代に伝達される都度、その時期が前押しになるようなことはなくなった。洪水年代が固定された時期は文化によってさまざまだ。ギルガメッシュ叙事詩、ノアの物語、そしてインディアンの伝説等は早期のものだ。どの物語も書かれた時代の文化について詳しく描写されているが、海面の上昇についての詳細はない。これはF.J. ノースが記録したウェルシュの伝説でも同じことだ。この伝説は書かれてから1,2千年しか経っていない。
重要なのは、この順序で考えると洪水伝説は(明らかに)文字誕生後の人々によって記録されたということだ。つまりこれらの人間はすでに都市に住んでいる人間で、洪水については、建物にしろ道路にしろ、まるで自分たちの都市そっくりの文化が水没したかのように語っているのだ。
それに何千年という年月の計算をできるようになるのは、それからかなり後(例えば、プラトーの頃)のことで、それが出来なかった彼らは歴史を圧縮したのだ。
この問題に取り組んだ科学者や考古学者は、洪水伝説は氷河期以降の海面上昇の累積記憶であるが、大都市や大洪水は物語が記録された時の文化や技術が不注意にもまぎれこんだ、と皆結論している。これらふたつは別々のものだ。
グラハム・ハンコックがこの番組で犯した過ちは、洪水伝説も大都市も文字誕生も、すべて旧石器時代の1〜2万年前としたことだ。
グラハム・ハンコックの回答
フレミング博士は、このセクションの批評で、自分の未だ証明されてない洪水説をあたかもすでに確立され、広く受け入れられている事実であるかのように紹介し、私の水没王国説が不利になるような比較をしている。
同様にフレミング博士は、彼独特の理解による人間の本質と心理的ニーズという観点から、他のカテゴリーの伝説を説明しているが、これも議論の予知のない事実のように提示している。例えば次の部分だ:「人生とは常に難解かつ不可解な経験である。いい時もあるが、私達のほとんどは手ひどいことも経験する。こういった時、人はなぜそうなったのか知りたがる。生きることは常に理不尽だったのか?人は常に苦しんで\来たのか?神々は、私達のことなどどうでもいいのか?そこで、多くの信念体系が、すべてが良好だった過去の時代と関連付けた概念を作り出したり、宗教が、死後の好ましい時代と関連付けた概念を作り出したりするのだ。過去の平和な生活から今の現実への移行は完全なる状態(黄金時代)の喪失、または罪に対する道徳的罰(人類の堕落)として描写される。」
フレミング博士の、伝説に関して確固たる事実を述べてるような口調は、正当化できるものではないと私は感じている。彼の説明は正しいかもしれないが、確実にそうであるというものでは決してない。
文字誕生前の文化に対する彼の見下した判断にも同じことが言える。彼は次のように語っている:「何千年という年月のある一点を絶対値として時を計るシステムがあったとは考えられない。」
この件に関して、フレミング博士に、アレクサンダー・マーシャック(Alexander Marshack)の作品を勧める。彼(フレミング博士)のあまりにも意固地で、証拠不十分な見解との矛盾をたくさん見つけることだろう。もっと手近なのは、リチャード・ラッジリー(Richard Rudgley)の「石器時代の失われた文明(Lost
Civilizations of the Stone Age)」という素晴らしい本だ。文字誕生以前の文化において、何があり得、何があり得ないか、フレミング氏の気持ちが変わるかもしれない。
最後にフレミング博士はこのセクションの批評の中で、氷河期終焉の海水面は、100年に1メートルの割合で上昇したという示唆(これは水没王国の批評の以前の部分で彼自信が提示したもの)を繰り返している。この数字は1万年続いたメルトダウンの平均値に近いが、特定時期のメルトダウンという意味では何の役にも立たない。実際のところ今の専門家達は、氷河期後のメルトダウンの半分は1万4千年前、1万1千年前、8千年前の3時期に集中しており、急速な氷の溶解と海面の上昇があったことに同意するはずだ。このような権威者の一人としてアルベルタ大学(University of Aleberta)のショー教授(Professor Shaw)がいるが、彼は「数週間で数メートル」に及ぶ海面の上昇を語っている。フレミング博士はこの論文をまったく知らないようだ。
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