台湾の海中城壁 -- 自然の産物か、はたまた人工物か?

下記コメントは、本来GrahamHancock.com の掲示板「Mysteries」に掲載された物です。




 台湾の報道機関は、最近、海中に更なる城壁が発見されたと報道した。台湾のダイバー兼冒険家である謝新曦が、台湾と中国の間にある澎湖諸島のフーチン(虎井)島沖合いに、二つの城壁を発見したのだ。「更なる」と私が言うのは、「神々の世界」で述べてあるように、謝新曦の最初の発見は何年も前に遡るからだ。付近にもっと城壁が見つかったということは、最初の発見に大きな意義を加える。


 「神々の世界」では、台湾の中央地質調査所曹教授による(謝新曦の最近の発見に関する)重要な指摘について言及した。それは、継ぎ目構造や平面構造という火成岩特有の性質により、氾濫玄武岩や火山噴出によって出来た岩石が、線状造形物を作る可能性もあるということだ。TaiwanNews.com, 2002年11月26日)


 この問題を説明し、謝新曦の最近の発見に光を当てるべく私が言いたいことを、「神々の世界」から引用しよう。(第30章、619〜622頁)

の最近の発見に光を当てるべく私が言いたいことを、「神々の

… 澎湖諸島は重要な場所だ。なぜなら、一万三五〇〇年前、その地は中国大陸の戦略的に重要な半島の先端だったからだ。その後で島になり、さらに後になって今日見られるような六四の島々となった。そこで洪水時代からの海底遺跡を探す場所としてふさわしいわけだ。

 別の理由でもここは適切だ。澎湖諸島には古代からの伝説があり、「赤い」城壁を持つ大きな城が、この諸島のどこかに沈んでいるという。これらの伝説があったので、政府の官吏が台湾の優れたダイバーである謝新曦にこの近辺で働くことがあったら、遺跡を探してくれと頼んだのだ。数年間、謝新曦はこのあたりの島々で探察を続けた。最後になって謝新曦は虎井島の沖合で異様な発見をして、報われた。発見は二〇年以上も前のことで、西洋では発表もされず、関心を持たれることもなかった。だが幸運なことに、日本の大きなテレビ局TBSが二〇〇一年一月に謝新曦の発見を報告したのだ。この番組が数名の日本の友人の目に留まり、私に連絡があった。

 二〇〇一年の八月終わり、虎井島では謝とともに二日間ダイビングをした。

 彼が見せてくれた構造物は二つの巨大な壁だった。長さ数百メートルの壁の一つは南北に正確に走り、もう一つは東西に正確に走り、二つの壁は直角に交わる。東西に走る壁の東端には、丸い大きな囲いがあるが、その一部は大きく破壊されている。東西に走る壁は四〜六メートルの浅いところにある。南北に走る壁は四メートルの探さから始まり、三六メートルまで深くなる。壁の高さは基礎から頂上まですべて三メートルで一定しているが、壊れている場所もある。

 台湾のような火山帯で地震の多い場所では、このような壁が自然の造作物である可能性を考慮しなければならない。特に玄武岩の岩脈だ(澎湖諸島には多い)。このような岩脈は、火成岩が古い堆積岩の割れ目から噴き出して壁のようになることでできる。

 潮の流れは強く、八つの方向から突然、流れてくる(海底構造物の周りではいつも潮流が強いのはなぜだろう?)。それでも、壁を綿密に調べることができた。私の最初の印象は、玄武岩の岩脈ではない、というものだ。主な理由は、壁のいろいろな場所で、壁に付着している海洋物を剥がした謝新曦が、その下にある石が積まれていることを示してくれたからだ。場所によっては隣り合うブロック石の間にナイフを差し込むことができた。ナイフの柄まで差し込み、一つの石の周りを一周させることができた。さらに東西南北に走る壁は、自然にできることもあるだろうが、人の手がかかっていることを強く感じさせる。最後に、ここには地元の古くからの伝承があり、「城」があったが、海に消えたという……。

 だがここでも、他のところ同様に、結論を出すにはさらなる調査が必要だ。

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